所在地 | 恵那市笠置町姫栗 |
---|---|
築城 | ー |
存続 | ー |
比高 | 180m |
---|---|
標高 | 435m |
主な城主 | ー |
姫栗村庄屋樋田氏の由緒書である『樋田氏前後物語』(天明3年・1783)には、次のような伝説が記されている。
(意訳)
猪狩山には茂知野修理殿が居られました。ある年の二月末(旧暦)、松尾左京殿久須見から木曽川の浅瀬を渡って攻めかかってきました。修理殿は梅木平で迎え撃ち、ここで合戦となりました。
茂知野方は小栗新蔵・村松源内の策により、茅場(屋根葺き用の茅を取るための草原)に火をかけて火攻めにしました。そして、松尾方が煙に巻かれたところで攻め掛かったので、松尾方は打ち負けて退却していきました。
その後猪狩山城は、再び攻められて落城し、修理殿は横引で討死しました。
(意訳ここまで)
城跡の周囲には、この戦いにまつわる「勝坂」「勝洞」「おんでけ坂」「石塔洞」などの地名や、茂知野修理の墓、小栗神霊塔、おんでけ大明神がある。
笠置山から木曽川に向かって伸びる尾根の頂部に築かれる。
山頂に長径 25m の楕円形の主郭を置き、周囲に帯曲輪を巡らせている。北西と南東の尾根続きには堀切を設けている。少し下った尾根の先端にも平坦なところがあり、城域であった可能性がある。
笠置コミュニティセンターの南300mの道沿いに登城口