所在地 | 恵那市串原大平 |
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築城 | ー |
存続 | 天正2年(1574年)廃城 |
比高 | 60m |
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標高 | 532m |
主な城主 | 遠山串原経景 |
遠山串原氏の居城。天正 2 年(1574年)の戦いで明知城とともに攻撃目標となり落城した「串原城」に比定される。遠山串原氏は、室町幕府奉公衆の系譜を引き、串原のほか上村や下手向、佐々良木などを所領とした。
遠山一族の中では三遠山(岩村、苗木、明知)に並ぶ存在であった。
落城時の城主経景は、その後明知の客将となって武功を挙げた。
関ヶ原合戦後、旗本明知遠山氏から知行地500石を与えられ、落合砦の麓に居を構えた。
細長い尾根上に複数の曲輪を配し、切岸と堀切で画している。主郭には櫓台が設けられている。
落城後はそのまま廃城となったため、外部の勢力による改修の手が加わっておらず、遠山氏の築城法を知るうえで貴重な城跡である。
恵那市自主運行バス「峰」 バス停の北西200mの道沿いに登城口
【登り口から主郭まで約10分】